Special Menu
Category Menu
- ジャンル別
- 文学・評論
- 思想・社会・ノンフィクション
- 人文・思想
- 社会・政治
- ノンフィクション
- 歴史・地理
- ビジネス・経済・キャリア
- 投資・金融・会社経営
- 科学・テクノロジー
- 医学・薬学
- コンピュータ・インターネット
- アート・建築・デザイン
- 実用・スポーツ・ホビー
- 資格・検定
- 暮らし・健康・子育て
- 旅行ガイド
- 語学・辞事典・年鑑
- 教育・学参・受験
- こども
- コミック・アニメ・BL
- タレント写真集
- ゲーム攻略本
- エンターテイメント
- 新書・文庫
- 雑誌
- 楽譜・スコア・音楽書
- 古書
- カレンダー
- ポスター
検 索
アイテム詳細
この商品を買った人はこんな商品も買っています。
出発点―1979~1996
「宮崎アニメ」秘められたメッセージ―『風の谷のナウシカ』から『ハウルの動く城』まで (ベスト新書)
宮崎駿 (キネ旬ムック―フィルムメーカーズ)
ユリイカ 2004年12月号 特集 宮崎駿とスタジオジブリ
宮崎アニメの暗号 (新潮新書)
出発点―1979~1996
「宮崎アニメ」秘められたメッセージ―『風の谷のナウシカ』から『ハウルの動く城』まで (ベスト新書)
宮崎駿 (キネ旬ムック―フィルムメーカーズ)
ユリイカ 2004年12月号 特集 宮崎駿とスタジオジブリ
宮崎アニメの暗号 (新潮新書)
カスタマーレビュー
おすすめ度:
よくぞ出た
(2007-07-10)
力作です。読み応えあり。
宮崎駿に関するレビューはバックに付いてるメディアの影響力の為か
出版されたものとしては
大抵その才能を神の様に称え、盲目的にベタ褒めしているだけで
とてもフェアな状態とはいえませんが、この本は違います。
しかもちゃんと時間をかけてその人物・作品を研究・分析しているのがわかります。
また、ただただ否定的な本なのかというと、そんなことはありません。
その才能を認めた上で、自分の考えを述べております。
褒めるだけの宮崎評にうんざりした人に。
リトマス試験紙として
(2006-04-05)
この本は賛否両論分かれるようですね。
あるブログでもかなり感情的反発がついていましたが、
思うに結論よりも
こういう徹底した分析行為そのものが
日本では毛嫌いされるのだと思います。
でも、本書片手にDVDにあたってみるとわかるのですが
『ナウシカ』『ラピュタ』の時間配分も『カリ城』と同じ15分単位
設計になっているのです。
(試しにやってみてください。ゴリアテが時間ぴったりに浮上してきます!)
こうした技法が後に『もののけ姫』の大混乱につながってくるというのが著者の分析です。
こういう指摘は痛快といえば痛快だし、
ファンの人たちにはただもう腹が立ってしょうがないのでしょう。
アニメーションとりわけ宮崎作品は絵コンテ至上主義なので
脚本と演出が同義になっていて、それが強みであり、
そして近年では弱みになっているというわけです。
マインド・コントロールを解きたいという人には最高の解毒剤。
そうでない方には大激怒の劇薬。
みなさんはどちらでしょうか。
評論としてはもう一つ
(2006-04-03)
映画を細かく分析的に観てみたいという人には参考になる本。力作ではあるが、個人的には難点も感じる。
たとえば「●ペース配分の妙(p.34)」でハリウッド型の時間配分の方法を説明しているが、これはビデオや絵コンテを観るとわかるが『風の谷のナウシカ』には当てはまらない。『ナウシカ』などの章では時間配分に対する解説はないのはそのためではないかと思う。それに、プロットは「15分」という時間単位で配置されるものではないんですけどね。
また、「●詰め将棋演出の快感(p.37)」では『カリ城』の冒頭を例に宮崎駿の演出手順を分析している。たとえば「道路工事の車が道路に止めてあったのも作者の計算である(p.38)」とある。アニメーションなので偶然道路工事が行われているわけはないし、実写でもあえて道路工事を用意するだろう。しかし、それは「演出」(アニメーションでも実写でも)という作業にくくってしまってよいものかどうか。
時間配分について考察するなら、『カリ城』以外の全ての作品でも行うべきだし(この時間配分が当てはまらないとすると、それは何故なのかという考察も欲しい)、「演出」などの(映画)用語の定義が非常に曖昧。後書きにあるように筆者が本当に「評論」として書いているつもりなら、論の組み立てをもっと綿密にやって欲しい。
読み物としてはまあまあ面白い。ただ、考察が甘いので謎本風の印象もありますけどね…。
評論の名に値する最初の宮崎アニメ論
(2004-12-20)
著者は外国のネットや雑誌に寄稿するアニメの評論家.僕は,始めて宮崎アニメについて本格的な評論を読むことができました.最初は『カリオストロ』の〈城〉の設定についていささかテクニカルな話(〈城〉の描き方の矛盾が細かく指摘される)なので,ああ,そういうヤツだったんだ,とがっかりしかけますが,さにあらず.このことが,「宮崎さん」のアニメ作成法を理解する伏線になっているのでした.宮崎アニメを順番に追いながら,作品の内容解説に堕することなく,それぞれの作品のできた背景など社会的視点も含めた議論を展開します.個々のトピック(たとえば「宮崎さん」の左翼性とか)は既によく知られたものですが,それらを有機的に組み合わせて一定の「宮崎さん」像を作り上げている点は優れています.また,宮崎アニメにおける肉親の欠如という問題を「宮崎さん」自身の生い立ちと思想の中に求めるあたりは,少々強引な気もしますが,おもしろい主張です.全体的に宮崎アニメのストーリィ構成には批判的ですが,これまで誉められすぎていて欠点が看過されてきていたということへの反動もあるのでしょう.宮崎アニメのストーリィ破綻を救うために,著者は別のストーリィを提案しているところがあります.けれど,それがおもしろくない.これがなければよかったのに.ストーリィの破綻はおもしろさの本質だ(←ヴ王のセリフ?). 宮崎アニメについては評論めいたものがたくさんあり,僕もいくつか読んでいます.そして,少々失望してきました.それに比べると,読み応えがあります.大政翼賛的な(あるいは内容が理解できていないのに付和雷同的に誉めている)「評論」などに物足りない方はぜひ読みましょう.450ページ弱でこの価格は安いかも.
『紅一点論』の後継者現る
(2004-11-25)
2ちゃんで話題になっていたので手にとってみたのですが。
おすすめ度:
よくぞ出た
力作です。読み応えあり。
宮崎駿に関するレビューはバックに付いてるメディアの影響力の為か
出版されたものとしては
大抵その才能を神の様に称え、盲目的にベタ褒めしているだけで
とてもフェアな状態とはいえませんが、この本は違います。
しかもちゃんと時間をかけてその人物・作品を研究・分析しているのがわかります。
また、ただただ否定的な本なのかというと、そんなことはありません。
その才能を認めた上で、自分の考えを述べております。
褒めるだけの宮崎評にうんざりした人に。
リトマス試験紙として
この本は賛否両論分かれるようですね。
あるブログでもかなり感情的反発がついていましたが、
思うに結論よりも
こういう徹底した分析行為そのものが
日本では毛嫌いされるのだと思います。
でも、本書片手にDVDにあたってみるとわかるのですが
『ナウシカ』『ラピュタ』の時間配分も『カリ城』と同じ15分単位
設計になっているのです。
(試しにやってみてください。ゴリアテが時間ぴったりに浮上してきます!)
こうした技法が後に『もののけ姫』の大混乱につながってくるというのが著者の分析です。
こういう指摘は痛快といえば痛快だし、
ファンの人たちにはただもう腹が立ってしょうがないのでしょう。
アニメーションとりわけ宮崎作品は絵コンテ至上主義なので
脚本と演出が同義になっていて、それが強みであり、
そして近年では弱みになっているというわけです。
マインド・コントロールを解きたいという人には最高の解毒剤。
そうでない方には大激怒の劇薬。
みなさんはどちらでしょうか。
評論としてはもう一つ
映画を細かく分析的に観てみたいという人には参考になる本。力作ではあるが、個人的には難点も感じる。
たとえば「●ペース配分の妙(p.34)」でハリウッド型の時間配分の方法を説明しているが、これはビデオや絵コンテを観るとわかるが『風の谷のナウシカ』には当てはまらない。『ナウシカ』などの章では時間配分に対する解説はないのはそのためではないかと思う。それに、プロットは「15分」という時間単位で配置されるものではないんですけどね。
また、「●詰め将棋演出の快感(p.37)」では『カリ城』の冒頭を例に宮崎駿の演出手順を分析している。たとえば「道路工事の車が道路に止めてあったのも作者の計算である(p.38)」とある。アニメーションなので偶然道路工事が行われているわけはないし、実写でもあえて道路工事を用意するだろう。しかし、それは「演出」(アニメーションでも実写でも)という作業にくくってしまってよいものかどうか。
時間配分について考察するなら、『カリ城』以外の全ての作品でも行うべきだし(この時間配分が当てはまらないとすると、それは何故なのかという考察も欲しい)、「演出」などの(映画)用語の定義が非常に曖昧。後書きにあるように筆者が本当に「評論」として書いているつもりなら、論の組み立てをもっと綿密にやって欲しい。
読み物としてはまあまあ面白い。ただ、考察が甘いので謎本風の印象もありますけどね…。
評論の名に値する最初の宮崎アニメ論
著者は外国のネットや雑誌に寄稿するアニメの評論家.僕は,始めて宮崎アニメについて本格的な評論を読むことができました.最初は『カリオストロ』の〈城〉の設定についていささかテクニカルな話(〈城〉の描き方の矛盾が細かく指摘される)なので,ああ,そういうヤツだったんだ,とがっかりしかけますが,さにあらず.このことが,「宮崎さん」のアニメ作成法を理解する伏線になっているのでした.宮崎アニメを順番に追いながら,作品の内容解説に堕することなく,それぞれの作品のできた背景など社会的視点も含めた議論を展開します.個々のトピック(たとえば「宮崎さん」の左翼性とか)は既によく知られたものですが,それらを有機的に組み合わせて一定の「宮崎さん」像を作り上げている点は優れています.また,宮崎アニメにおける肉親の欠如という問題を「宮崎さん」自身の生い立ちと思想の中に求めるあたりは,少々強引な気もしますが,おもしろい主張です.全体的に宮崎アニメのストーリィ構成には批判的ですが,これまで誉められすぎていて欠点が看過されてきていたということへの反動もあるのでしょう.宮崎アニメのストーリィ破綻を救うために,著者は別のストーリィを提案しているところがあります.けれど,それがおもしろくない.これがなければよかったのに.ストーリィの破綻はおもしろさの本質だ(←ヴ王のセリフ?). 宮崎アニメについては評論めいたものがたくさんあり,僕もいくつか読んでいます.そして,少々失望してきました.それに比べると,読み応えがあります.大政翼賛的な(あるいは内容が理解できていないのに付和雷同的に誉めている)「評論」などに物足りない方はぜひ読みましょう.450ページ弱でこの価格は安いかも.
『紅一点論』の後継者現る
2ちゃんで話題になっていたので手にとってみたのですが。
あこれ読んだことある。以前どこかでネット連載してたもののバージョン・アップですね。懐かしさとともに445頁を一気に読み通せました。
トトロの設定への突っ込みとか(かなり説得力がある)、『もののけ姫』大ヒットの舞台裏の話とかは旧版といっしょだけど、監督の経歴紹介が格段に詳しくなっているうえに、データも豊富。引用だらけだという向きもあるかもしれないが、論文で引用は当たり前のことだし、そのうえでの補助線いっぱつ解法が随所にあっていかにもこの著者らしい。
魔女っ子アニメの歩みを良い娘をキーワードに整理していくところに『紅一点論』の影響あり。ミンキーモモは良い義妹でベルダンディーは良い彼女、木ノ本さくらは良い娘・義妹・彼女の融合だから受けたという結論には正直ウケタ。『魔女宅』のキキは良い娘→悪い娘に移る過渡期の魔女っ子で、セラムンは悪い娘系魔女っ子第一号とか、読んでいくと思わずうなずいてしまう分析はお勧め。
なんか発想が理科系っぽいのが文系の私のコンプレックスをちくちくしたのでひとつだけ減点!
Powerd By AmazonWebService4.0
